今日読んだ、岡本太郎の本の言葉で

『青春にとって、恋は確かに一つの夢だけれど、錯覚からはじまった関係が実りをもたらすはずはない。』

『自分では恋だと思いこんでいるけれど、実は、いわゆる恋愛ではなく、友情なんじゃないか、そういうことはよくあるね。』

というのがありました。会って生で聞いているわけじゃないから人によって解釈や、連想は違うだろうけど、私が連想したのは、『恋愛(相思相愛を確認しあうもの)として形を成さなかったとしても、人間的に実りをもたらす関係をもてたら、それですばらしい、と思っていいのではないか、ということ。』
相思相愛の思いを確認する恋という形になれば、相手の思いに安心感を抱いたり、また逆に心変わりを不安に思ったりするけど、恋にならない状態であれば自分ひとりの世界。
私はその人の存在によって力を得たり、何かを気づいたり、感謝したりすればいいと思ったりします。
もちろん一方的にその人を見ているのではなく、コミュニケーションのやり取りがあってという状況でのことですが。
友情でも恋愛でもその出会いとセッションの重さに優劣はない、と。自分の死ぬときのエンドロールに現れるSpecial Thanks。

と、ここで岡本太郎さんと岡本敏子さんの関係を、ちょっとのぞきみ的興味というのかもしれないけど、知りたいと切に思ったりするわけです。

(恥ずかしいことを書いてしまいました。結構よんでいたら恥ずかしいと思う人は読んでないのでそれをいいことにアップしました。)

犬rururu