今日は異常気象で東京でも春一番が吹きました。
使っているJRの路線が止って不便を感じ他の路線に乗り換えたり
しましたがその程度。

帰ってきてニュースを見たら、八甲田山の雪崩の話。
昨年の春、長野で雪崩に巻き込まれてなくなってしまったI君の
ことを思い出しました。
大学時代に同じサークルに属し、個性的な先輩たちに伍して
遊んでいたけど、とっても普通な好青年という感じに写って
いたI君。
仕事以外のメールが入らない会社のメールに突如飛び込んできた
友達からの訃報。新聞社のニュースで確認した。春の雪崩は
ニュースとなる要素があったようで、彼のフルネームをそこに
確認してしまった。
でも彼を見てないし、自分には実感ないのでいまだ信じられず。
今は閉じられたかもしれませんが、長野での生活をつづったHPが
あって、なくなった後呆然と見ていました。

最近、毎晩のように、私の命はいつまで続くんだろう、その後
どうなるんだろう、と思いながら眠りにつくのですが。(別に
眠れないほどのことはなく、すぐに寝ちゃう、体があるがゆえに
あまりに単純な睡眠欲に笑ってしまうほどですが)

5年ほど前に祖父、祖母をなくしましたが、なんとなくまだその
面影を感じたり。
12月になくなった叔母が、自分のPCのスクリーンセーバー(家族
の写真を出したりしているので)に普通に出てきたり。
明日は三周忌を迎えた、高校三年間お世話になった先生の奥様の
コンサートに行ってまた先生のことなどお話するんだろうなあと
思うけど。

そうやって向こうの世界に行ってしまった人たちとの距離が
それほど遠くないなあと思うここ数年です。
もちろん直接話すことはできないんだけど、寂しくない、というような。

でも自分の両親が、なんてことを考えたらやはり取り乱してしまう
自分が想像できます。
今は機会があれば一緒に楽しむ時間を持つようにしています。
ちょっとした心配をかけることさえ親孝行と思いながら。。。

犬rururu