ブログを通して友人たちに元気付けられ、本当にありがたいと思っています。
3週間の入院はあと最低2週間程度は続くようですが、とりあえずのゴールが見えてきています。
一度退院してからその後の手術や他の疾患の治療について考えていくことができそうです。

入院2週間め。
それまで出される食事も3分の1くらい食べ、その他家から持っていく果物やゼリーは口にできるように。食いしん坊の母が出される食事を残すのはまだまだ回復が近いわけではないと思うが、それでも運ばれてきたときのことを思うとありがたい。

入院2週間と1日目。
夜会社帰りに病院に行くと先生によばれる。下血。珍しく落ち着いた年代の女医さんで不必要に不安を持たせないように話してくれるが、原因がわからない状態で輸血などの同意書にサインをするのは、このところ落ち着いていた病状に胡坐を書いていた自分に一気に渇が入った。
出血により血圧下がる。
可能性としては長い病院生活によるストレスや動けない状態から来る潰瘍、憩室の傷。後は大腸がんなど。
前者のいずれかの可能性が高い、入院時のCTに憩室が写っていたし、とのこと。
でも心臓の菌が飛んでいたり、乳がんの転移があったり、と久々に落ち着かない夜。
夜、先生から家に電話。夜中に輸血の必要性があればする、という許可をとるため、ということで緊急事態ではなかった。
許可をして、夜中緊急事態以外では電話をもらわないようにした。
久々に眠れない。

それでも数日たつうちに落ち着いてきた。食事は止められているが、話が出来る。
ただ内視鏡検査はかなり痛みを伴ったらしい。

4,5日たって輸血。何故今頃?と不思議に思ったおばと母。質問するが、当初からの貧血が他の方法で改善しないので輸血にいたったという説明。
血が止まったかまた検査をしたいという消化器のお医者さんに、母は検査をしたくない、と訴える。
そうしたら、冗談でしょうが、死ぬしかないですね、との返答。
若いお医者さんは、言葉の使い方を知らないのか。
母はかなり感情的になったらしく、じゃあ、いいです!と怒ったとのこと。
急速に血圧が上がっただろう。

それでも1週間半たって、食事が出るように。食事が出なかったときにも家からプリンやゼリーを持っていって食べさせていい、ということだったので、
その日は茶碗蒸しを持っていったのだが、食事をした、ということなので冷蔵庫に。翌日おいしく食べてくれたらしい。

そんなこんなの毎日を経て、明日緊急体制の個室を出て大部屋に行くことになり、本人はもう少し個室にいたいという希望もあったが、とりあえずそこまで回復したか、と少しほっとする。

患者の精神面のフォローについての問題と、総合大学病院らしく、入れ替わり立ち替わりいろいろな部署のお医者さんが来てそれぞれに話しをして連携が取れているのか、誰かが監督してくれているのかがよくわからないという、今回感じている問題についてはまた後日。
犬rururu