2005年12月

街をうろうろ

タスマニア、ホバート。知り合った彼を見送る(断念したけど!)の日の昼間。
日曜日、街中を歩きました。サマランカマーケットという、土曜日には市の立っている一角に、日曜日に。
まあ、何も市は立っていなかったのでした。ただ、旅行者向けにお土産やさんがいくつかあったり、広場にはカフェが集まっている一角があり、そこでブランチ。
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小さな子供がようやく動かせる大きさの(でも軽いんだけど)チェスの駒がおいてあるような場所もあったりして、ちょっとした和みの一角。1階はお店やカフェ、2回以上はデザイナーズマンション分譲中のようなところ。公衆トイレもかわいいエメラルドグリーンで塗られ、清潔でした。
おしゃれなカフェに入り、イギリスに行った時のブレックファストを懐かしみ、焼いたトマト、ベーコン、ソーセージ、卵の乗ったプレートを頼んだら。。予想通りすごいボリュームで食べきれず。。
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いやだ、食べかけで失礼。それにしても残したベーコンの量、すごいでしょ?

店を出て古い家並みの続くバッテリーポイントを散策。家の写真は、私のカメラの電池が切れて写真が撮れなかったけど、1804年から定住が始まった家々をたぶんそのまま残しているアンティークな町並みは小さなお庭の花たちも良く手入れされていてステキでした。野草のように花を生やす感覚と技術はイギリスからのものか??古い家屋を使ったB&Bもあり、ぜひ泊まってみたかった、次回とまろう!と同行のKazと言い合いました。ホバートではとまるところの決まっていた最後の宿泊日をのぞいてはすべてYHA(ユースをすでに着いた日に予約していたので)だったから自由が利かず。。
麹菌の種類にこだわったおいしそうなパンの店もB&Bの前にあって、とってもかわいらしかったし、次回はぜひぜひ。(って?そんな機会はあるのかなあ?)

写真のあるものだけ紹介すると。。
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  ポイントの町並みへと向かう坂の途中、変な門がしまっているのを見つけました。モダンなデザインの門にこうして穴が開いているとのぞいてみたくなっちゃうじゃありませんか?どんなお金持ちの豪邸が中にあるのか、と。
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そうしたら中にはいろいろな色の糸が張り巡らされた空間でした。え、アート?インスタレーション?
街の中にこういうものを作るの、すごいなあ。これは後で坂を上がっていくと坂の上からも全貌が見えるようになっていたのでした。でも別に展示場の体をなしているわけでなく、看板も解説もどこにもないのでした。こういう遊び感覚、旅人が集まる場所にこういうものを作ってくれると、言葉の通じない人でも楽しめます。
坂を上がったところのゴミ箱はこんなになってました。
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ギャラリーの多い町でした。
犬rururu

意外にトレンディ

今日のVVV6は雑誌モデル数人が出てました。昨日の篠原涼子の番組も。そして今日見た、うちの会社の1ブランドのECサイト(角川春樹事務所による)の企画書もモデルを使ってと。昨日の夜メルマガか何かにつられてみたのもSONOMIちゃんのブログサイト。
とこの2日間、モデルモデルモデル。
ECサイトの企画書を見ていると、消費者にブログなどで親近感を持たせ、手の届く範囲の憧れの対象としてモデルたちをポジショニング。
雑誌や携帯、PCのメディアを連動させてもっと物を売ろう!という流れの中で雑誌モデルを多様しているようです。それにしてもこんなにTVなど客層の広いメディアでの露出が多いとは。
犬rururu

夜明け前

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(Hobartモールに座っていた犬)

旅の毎日は一日一日が印象深くて、貴重なものに思えるのはなぜでしょう?
逆に言うと、日常がただただせわしなく過ぎていくのを放置しているようなのはなぜ?毎日を大切にしたいなあ、と改めて思う、旅の途中です。

友達より早く起きて、一人でYHAのキッチンに。コーヒーでも飲もうか、と日本から持ってきたコーヒーパックを手に降りて行きました。先に2人の人が。挨拶をして入っていきました。あ、そうだ、とYHAご近所の食料品の店の情報を聞いておこう、と1人の外国人の人のほうに話しかけました。近くのボトルショップ(熱燗)とスーパーを教えてもらいました。こういうときは積極的に人にも話しかけて接触していきたい、と普段の自分より少し背伸び?します。

もう一人はアジア人のようでしたが、挨拶もあまりしないような感じだったので声をかけづらかったのですが、外国人さんとお話した後、日本語で話しかけてきました。
やっぱり、日本語のほうが楽~。ほっとして、お話をしました。最初の、いかにも旅の若者、という感じで笑顔がなかったとっつきにくい印象も払拭するくらい、結構いろいろとお話をしました。
バックパッカーなのかな、と思っていたらタスマニアの大学に海洋関係の研究プロジェクトのために長崎大学からきている院生だったのでした。もうすでに数週間そのYHAに宿泊していて、近所のショップのことなど教わりました。携わっているまぐろの研究の話、英語や研究で苦労していることなどを聞きました。
その日は街をぷらぷらした後、お茶の時間にもまた会って話しましたが、翌日には日本に帰るとのこと。早朝のバスで空港に行くと聞いて、もう何だかすっかりなじみの人になってしまったのにもうお別れか、と寂しい気持ちでいました。

夜もずっと気になってラウンジなどのぞいていましたが、迷路のようなYHAの中、すれ違うこともなく。。

朝4時ころの空港行きバス、ということだったので、そうだ、起きて見送ろう!と思いつきました。でも目覚ましをかけて同行の友達をそんな早い時間に起こすわけにも行かないし。。。もう、こうなったら自分の野生の力を頼るしかない!ととても原始的な方法ですが、意外と効く、「枕に起きる時間を書く」を実行しました。今までもこれでちゃんと起きられた経験が何度もありました。

さすがに意識が緊張したままだったのか、夜床についてから、1時間半おきに目が覚めました。そして4時にもちゃんと!友達を起こさないように、といかにもトイレに行く感じで部屋を出ました。廊下は寒かったので上着をとりに戻ったのは、友達が気づいたら不自然に思うよなあ、と思いつつ。。
玄関まで下りていきましたが、人の気配はなく。まだまだ外は真っ暗でした。私としては友達に気づかれるのがとても恥ずかしいので、(そんな話も全くしていなかったし)早く帰らなくちゃ、と気が気でありませんでした。

待つこと数分。どきどきしながら寒い廊下に立っていました。寝ぼけ眼で、寝ていたままの汚い格好だったので、ここで会っても恥ずかしいなあ、と突然思い始めました。この人なんだろう、と思うだろうなあ。

何回か会って話したキッチンをのぞいてみるのも、そこにいたらちょっと恥ずかしい、と思い、廊下にたたずんで壁に貼られているタスマニア案内のポスターをそわそわと見ていました。
内容はまるで頭に入ってきません。(苦笑)

結局、会ったら恥ずかしいなあという気持ちと、友達に知られたらまたばつが悪いな、という気持ちで部屋に戻ってしまいました。募る気持ちが宙ぶらりんのまま。

旅先でたまたま会った人と話がはずんで、先に出発するほうを見送るって旅の途中では結構普通のことですが、まだ真っ暗な早朝に目覚ましをかけずに起きていく、というのはやはりちょっと自分の心の中で化学反応が起きていたのかもしれません。自分で自分にびっくりしました。

会えなかったのはとっても残念だし、東京の人でないからこの先再会することはないのでしょうが、(この歳でも)胸が少しきゅんとなった旅先の朝でした。
犬rururu
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