2008年11月

何が私をそうさせた?!

今朝、目が覚めると予報では雨の日、ということだったのに朝日でリビングが明るい!!
なんとも気分のいい朝、少しストレッチをして。

ベトナムコーヒーを普通に紙でドリップしたらどうなるんだろう?と恐る恐るしてみたら結構おいしい!よかった。

おもむろに1年越しの作品、フェルトのくまの続きを、ほんと一年ぶりに。
ずっと家の一角に置きっぱなしになっていて、その間何度も来た友達は場所さえ動いていないのをいつも見ていた。こんなやつだ、と分かられているから良いけど。
それにしてもやわらかい原毛に触るの、気持ちがいいものだ。そして適当に進めて行っても結構自分の思うようになってくれる。

原毛が余っていたので、セットでは2匹分だったはずだけどもう一匹。
まずはそちらから顔をつけて。
うーん、クマゴロウ、だ、これは。
とても本物のくまらしい体つき!!一緒にお酒飲めそう。
20081124_kumagoro.jpg
クマゴロウ

夕方から再開。手芸用ボンドを買ってきたのだ。目をつけるために。

20081124_kuma1.jpg
くまタ
なかなかいい顔にできたぞ!3頭の中では一番皆に好かれるだろう、キャラ。こういう子がいてくれると助かる。

20081124_kuma2.jpg
くまじ

顔が前後に長くて、スヌーピーみたいなの。
首をかしげてみたら何か言ってるみたい。ごめん、目がとれそうだね。

20081124_motif.jpg
土曜に友達と本屋さんでリンカランか何かのムックを立ち読みしていて。
鈎針で編んだ四角いモチーフ、6枚でルームシューズ(ホームカバー)ができるってあったから、今日は吉祥寺図書館で編み物の本を探して、ユザワヤで鈎針と毛糸、ついでにバスタオルから足拭きマット作ろうと糸買って来ました。
(縫い糸もほとんどない家なんですよ。こんなの家、ですかね?笑)
編み物って何年ぶり?10代の後半にセーター挑戦して以来かな。
図面を読み解くのに何度も毛糸をほどきましたが、ようやく一枚作りました。
色が混じった毛糸なので編み目のそろってないのがよく分からなくて、いいね。

とても意外な自分の一面をみました。とにかく朝からやりだしてしまうのだもの。ご飯も食べず。
面白いね、普段やらないことやるの。
今日のように、一週間に3日休みの生活、いいなあ。3日目は本当のお休み。

犬rururu

潔さ

最新のクウネルの高橋みどりさんの記事。
お母様のことを語られている中で、お母様は年老いて
行くに従い持ち物を減らし、最後は娘に託したお金
周りの類と少々の持ち物だけになっていたという話に
心動かされました。

最近、自分が逝くときには誰が始末をしてくれるんだ
ろうなんて、考えたりするのですが、大事な人が引き
受けてくれるとしてもなるべくスリムにいたほうがいい
なあと、思いました。

ただ。私の現実は、何でも溜め込む。スーパーの袋で
さえ。雑然とした部屋がなんだか落ち着く、といった
性分で、これが40年くらい続いており。。。

私の友達できれい好きな人がいるのですが、何か物を
手に入れた次の瞬間には取っておくべきかどうかを
選別してすぐに捨てる潔さ。

私はすぐに判断せずとりあえず取っておくタイプ。
そしてしばらくして(もう何年もたってから)発見して
変わってしまった自分は判断を下しようもなく、
見ないで捨てるという繰り返し。

自分にとって大切なものを見極め、潔くいらないものは
手放す。

そうしてシンプルな生活を手に入れれば、大切なものを
もっと大切に扱うことができるようになるんだろうな、と
思います。
いつになることか。
犬rururu

日本風ハーブ茶

高山なおみさんの本から。家にあるもので出来るので雨も時折降る暗かった昨日、作ってみました。

和風ハーブティ(『高山なおみの料理』より)

番茶手のひら2杯
しょうがの皮手のひら1杯
シナモンスティック半分

これを1.5リットルの水で。沸騰後20-30分煮出す。

なかなかに体のあったまる、冬にいいお茶です。
どんどんエキスが出てくるので、水を少し足してはまたあたためて、とずっと飲めます。

シナモンってニッキの仲間だったのね、と思い出しました。
確かに和風の味でした。
犬rururu

家族の。。。

独り者で暮らしているので、そうそう家族ということをしみじみ感じる機会もないですが。
この週末は何だか。

角田光代『空中庭園』の映画DVD
吉行和子の最後の舞台『アプサンス~ある不在~』のビデオ
を観ました。

空中庭園は、自分(妻、母)にとって理想の家族像を作ったつもりでいたのに、それが虚像なのかと疑い始めた女が自分の子どものころの家族との関わりを含めてどうしようもない不安に陥る、というような話。
アプサンスは、年をとって一人になって病院に入った女が時に15歳のころ、また恋人と会ったころの若い自分にかえりながら(ぼけの症状みたいですが)、世話をしてくれる周りの人たちに支えられながら老いを受け入れていく?話。

特に吉行和子の舞台を観ながら、自分がこのまま独り者で年取った時に世話してくれる、話し相手になってくれる、気持ちのやさしい若者っていてくれるのだろうか、とちょっと不安になりました。

今アラフォー世代である私たちの未婚率はどんどん高まっていますが、年取ったときに心の交流をして、さらにはちょっと面倒なこともお願いできる『他人』っていてくれるのかなあ、と思ったら、自分はもっと若者のために生きていくやさしさを持たないと、と思いました。

自分の子どもだからって面倒みてくれるとは限らないけど、甘えた発言しても許される関係ってなかなか他人とはできないだろう、と。いきなり不安になりました。

空中庭園は団地を舞台に、自分の年代くらいまでの理想の家族像(作られた?)でそれは皆ある程度共有しているものでしょうが、その後、今の私たちがおばあさんになるころの家族像って描かれていない未知の世界なんですよね。

独り者でありながらも、人との接触を絶った変わり者というわけでもない社会性のある年代の人々はどうやって老いていくのか、周りの人々との関係はどうなるのか、モデルがないのですよね。

今独り世帯が増えていますが、心を満たすためのネットワーク作り、インターネットだけが肩代わりしてくれるとは思いません。

犬rururu



お茶日和

こんな日は、家でお茶飲みながら窓の外の降りしきる雨の音を聞く。

cocp-50811.jpg

友達に勧められた、原田郁子 ピアノ

不思議系の声が日常の喧騒とは別のところに連れて行ってくれる。

喫茶店の重厚な木枠の窓の近くの席で、たまにおしゃべりしながら静かに過ごすのもいいなあ。

二人で一つの傘に入るのも、いい。

まだ朝。今日は本読んだり、ウクレレ弾いたり、心静かにしっとり過ごそう。
犬rururu
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