小さなふふふ

sirasu

NHKの白洲次郎のドラマを見ながら、ところどころを酔った頭で見ながらですが、当時、アメリカ側に日本の心を理解してもらうように心を砕いて努力した様子を見て、また米国の考え方を日本側に伝えるにしても、言葉の違い、その背景となる文化の違い、が障害になっているのを何とか切り抜けようと努力している様子。

昔、それも戦後60年なのに言葉と感じ方とニュアンスの違いを実感し、そもそも違うものなんだという前提でイギリスの人とコミュニケーションをとっていたのを思い出した。

ま、自分の国際感覚のなさと英語のつたなさというのがそのコミュニケーションの障害になっていたかもしれないけど。少なくとも一企業の中で私の低いレベルだが、それ以上にコミュニケーションをとれる人がいなかった(少なかった)ということも、やはりまだまだ遠い国という感じなんだと思う。

そう、世界は数十年単位ではなかなか一つにならないんだと思う。

ま、今エコ検定で見ている世界観、24時間を残すところあと2分で産業革命が終わり、一気にこれまでの環境が変わってきているという時間感覚からすればほんの小さなことでしょうが。
自分の人生のうちではばっちり理解しあうということは難しいのだと思う。
そこに自分の役割がありそうな。。。いやー、ないかも知れない(笑)

犬rururu

昔の気持ち

今日久々にmixiでミクトモにしていただいている友人はまーさん(最近一緒に飲んだくれていないから知人?笑)のサイトを拝見。

新しく大きなことをお仕事で始めよう(商品開発)という意気込みを書かれた日記。
その中に2年前の私が書いたコメントを取り上げてくださっていて。読み返しても何だか自分の気持ちに思わず刺激を受けました。

NYで、11年ぶりで訪れた店に再度感激し、私がそのときやりたいと漠然と思っていたことを今も続けていること(商売が成功していて続けられていること)に感動したのに続いての刺激。

いやいやNYではうちのグループのNY事務所(というか現地法人ですが)でお会いしたリサーチャーの方のお話にも自分ができていないことについて刺激を受けて帰ってきましたが。

そうこう、雇われている身ながら自分の夢をちゃんと描くことをこの年になっても落ち着かずにやらなきゃ!と思う今日この頃でした。

最近人生の終りについてばかりつい考えてしまっていましたが(だからこそ今を大事にしなきゃと思って何もないことにあぜんとしたりしていたのですが)何かをやること、それを遅まきながらでも信念持ってやることを、大地に足をしっかりふんばることを、やらなきゃ。

2年前に、もうとうに商品の現場から離れていてもこんなことを書いていた自分のそのときのコメント。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
いろんな人のノーミスのくさりがつながって、店頭に並べられる、というのは改めて考えるとほんとすごいことですね。年間数百(数千?)アイテムを世に送り出す仕事をしていたことがありますが、そのチェーンを滞りなく、なるべく速い回転で回すのが仕事、という感じでした。
最後のバトンを受け取ってくれるお客さんがいなければ(そういうお客さんを作れない商品であれば)、それまでのものづくりの苦労がワヤになってしまうので、商品企画、仕入の仕事は結構責任重大ですよね、小売に残る最終利益の話だけではなくて。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いや、今は営業利益、当期利益のPL上の話だけでなく、CF、資金繰りとか
目を配らないといけない部署にて働いていますがね。。。小売の基本を忘れないようにしたい。。

犬rururu

マナー以下マナー以上

今日の帰り、電車の中で隣に立っていた女性。私と同じか上か位の年代。
体の2倍くらいの幅を使って、つり革を持った手にかばんを持ち、
あごを上げ、はぁ、とか何か文句めいたことをぶつぶつ。
顔の表面の筋肉は垂れ下がり、いやな気分を回りに振りまいて。

しばし、やな感じだなあと、でも疲れていたら私も同じ感じ
なのかも、と自戒しながらいたら自分の降りる駅。

隣に立つやせてこぎれいなシャツを着た男性がすすっと入り口の
ほうに移動したので奥に立っていた私はほっとした。
この人も降りるんだ、と。
一緒に通路を移動してようやく出口付近に到達。
そうしたら彼は降りないのだ。ただ通路を空けてくれただけ。
一緒に移動してくれたんだ。それも率先して、自分が降りる駅だから、
というくらいの動きで。

降りるとき、彼個人にすみませんと言ったつもりだったけど
伝わったか?

知らない人にも気持ちよく振舞え、相手を気持ちよくする行動が
できる人と、必要以上に公衆の面前で知らない人を不快にさせる
行動をしてしまう人。

どちらもマナーという域内にない、人がすぐそばにいたことが
面白かったです。

犬rururu


三月の招待状

角田光代さんの三月の招待状を読みました。
同年代の彼女の書くこの小説は、学生時代の仲間たちとの関係とそのときの自分からなかなか卒業していない、という話。
特にその中に出てくる、関係を作れない人、って自分、とか思っちゃったりして。
私などなにも引きずっていないつもりでいても、もしかしたらそこから卒業していなかったのかもと思わせられたりもするような、懐かしい関係を書いている小説で。

こういうのは同年代しかわからないのか、自分より若い世代にも、巣篭もりの20代の人たち人もある思いなのか?

いまどきの20代の友達がいなくて話し合えないrururuでした。

犬rururu

紳士

週末は大阪日帰り出張の土産551の肉まんをもって実家に帰り、母の入院以来初の外出に付き合いました。
歩行器を押しながら近所のスーパーへ、一日目。
翌朝は近所の三鷹の農家を訪ね歩く散歩。軒先販売の新鮮な野菜が私の足で徒歩5分圏内に複数あるのです。
あいにく日曜で、時間も早かったのでまだ野菜がないところ、シャッターが閉まっているところが多かったですが、それでもナス、ジャガイモ、トマト、モロッコインゲン、たまねぎ、と、歩行器の籠に入りきれないほど入れて家に戻りました。

ナスを調理しようと袋を開けたら、紳士と思わぬご対面。
image100.jpg
やあ、ボクのエンターテインメントの世界へようこそ!

横顔は、頭に包丁を途中まで入れてしまったので、かつらみたいに見えました。ゴメンゴメン。
image101.jpg
でもダリばりのひげがステキよ!

犬rururu
最新コメント
記事検索
プロフィール

drecom_rurururu

QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ